2012年5月10日木曜日

医学書院/週刊医学界新聞(第2762号 2007年12月24日)


 

第2762号 2007年12月24日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第118回

李 啓充 医師/作家(在ボストン)

(2759号よりつづく)

 2007年,今世紀2度目のワールドシリーズ優勝を達成したレッドソックスにとって,シーズンオフの補強の最大課題は,契約が満了したマイク・ロウエル三塁手,カート・シリング投手との再契約がなるかどうかだった。ファンにとって幸いなことに,レッドソックスは両選手との再契約に成功したが,シリングとの再契約に当たってレッドソックスが課した特別条件が話題となったので紹介しよう。

 と,ここまで読まれた読者は,私が某週刊誌の大リーグ連載と混同して原稿を書いているのではないかと疑われたのではないだろうか? しかし,(1)某週刊誌の連載は終了となったので混同するはずもないし,(2)レッドソックスがシリングに課した条件とは,米国公衆衛生上の大問題に関連するものであるので,辛抱して読み続けていただきたい。


にきび引用

球威より腹囲?

 さて,2007年のシリングは,9勝8敗と不本意な成績に終わったが,レッドソックスは,40歳という年齢相応の衰えに加えて,「コンディショニングの怠慢」が不振の原因と考えた。というのも,シリングは,春季キャンプに,首脳陣が「開幕に間に合うのか」と不安におののくほどの,「でっぷりとしたお腹」で現れたことに始まって,シーズン中も,ずっと,球威よりも腹囲が打者を圧倒するような体たらくに終わったからである。

 そこで,再契約に当たって,「体重管理に成功したら200万ドルのボーナス」とする特約条項を付加,シリングがコンディショニングに努めるような「インセンティブ」を与えたのだった。レッドソックスが課した体重制限は230ポンド(104.3kg)以下と言われているが,シリングの身長(6フィート5インチ,196cm)からすると,BMI27.3以下と,「中等度の過体重」の範囲内に保つことを求めたのだった(註1)。


MLMうつ病

米社会に蔓延し続ける肥満

 実は,いま,米国における公衆衛生上最大の問題は,「肥満」であるといっても過言ではない。現在,過体重は米成人の3人に2人,肥満は3人に1人,極度の肥満は20人に1人と見積もられ(註2),肥満がらみの医療費が巨大な負担となって社会にのしかかっている。しかも,このまま社会に肥満が蔓延し続けた場合,米国の若年者は,肥満故に親の世代よりも短命となると見積もられているのである。

 さらに,米国の医療保険制度は,民間,それも雇用主ベースの医療保険が主体であるので,肥満に起因する医療費負担は,企業経営上も無視できない問題となっている。これまでも,米国の企業は,適正体重を保つよう従業員教育に力を入れたり,職場にフィットネス・センターを設置したりと,従業員の自助努力を促す方策を採ってこなかったわけではなかった。しかし,こういった方策が成果を上げないまま,肥満はますます米社会に蔓延し続けたのだった。


減量プログラムは、お金の無駄です。

減量の効果的インセンティブとは

 そこで,最近は,教育や運動場所の提供だけでは不十分と,「体重を減らしたらボーナス」とか,「医療保険の自己負担分減額」とか,目に見える形での報償を,従業員の鼻先にぶらさげる企業が増えているのである(もっとも,200万ドルというシリングの報奨金の額はいくらなんでも法外だが……)。そういった風潮の中,ボストンに本拠を置くタンジェリン社など,従業員の減量インセンティブ・プログラムを商品として雇用主に売る新手のビジネスも現れるほどになっている。

 さらに,イェール大学のバリー・ネイルバフ教授(専門はゲーム理論)によると,「体重を減らしたことに報償を与える」仕組みよりも,「体重が減らなかった場合に(お金とか)何か大切な物を失うというリスクを冒させる」しくみの方がインセンティブとして強いことは実証済みという。つまり,報奨金を与えるよりも罰金を取る方が減量の効果が上がるというのだが,イェール大学のグループは,2008年中に,一般の人が「減量できなかったら罰金」というプログラムに参加できるサイトを立ち上げる予定という(註3)。


 以前にも書いたことだが,医師がどれだけ口を酸っぱくして,患者に「体重を減らせ」と諭しても効果は上がらないのだということを,われわれは「真理」として受け入れなければならない。この真理が受け入れられず,いまだに「お説教」が有効と不幸にして信じている医師は,「私がこれだけお説教しているのにやせられないのは,あなたが悪い」と,ややもすると,日本の医療政策論議に蔓延する「非現実的な自己責任論」(註4)に加担することになりかねないので注意しなければならない。

 体重を減らすインセンティブを患者に与えるにはどんな方法が有効なのか,効果が上がらないお説教を繰り返すよりも,現実的な方策を工夫するべき時が来ていると思うのだが……。

(この項おわり)



註1:BMIはBody Mass Indexの略。なお,正常:18.5-25,過体重:25-30,肥満:30-40,極度の肥満:40以上とされている。
註2:Hedley AA他,JAMA 2004;291:2847-2850
註3:参加者が自発的に減量目標と罰金の額を決め,減量に失敗した場合の「罰金」は慈善団体に寄付されるという仕組みである。
註4:日本の医療政策担当者が「患者の自己責任」を強調するたびに,私には,「医療費の公的給付抑制」という底意があるように疑われてならない。



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